星空夕子……いろいろ思うことの記録

思いの丈...というやつを

兄が旅立って、1ヵ月

自分の運命だから仕方ない、受け入れるから後悔しない…

そう言っていた兄が天国に旅立ってちょうど1ヵ月が経ちました。

ガンが見つかって1年も経たないうちに闘病生活は終わりを告げた。

 

私は父とのケンカで葬式にも行かなかった。

その時のことを私は後悔するのかと、この1ヵ月思っていたけど、後悔などない。

ただ後悔しているとしたら…

兄が失明する前に、今までのことを腹を割って話すべきだった。

もうそれができなくなってしまった。

それを思うたびに、申しわけなく思い涙があふれてくる。

 

最近、父に会ってどうしても聞きたかったことがあったので、意を呈して実家に戻りました。

それは、

 

お兄ちゃんの最期、息を引き取るまさにその時の様子を知りたい。

 

兄の最期を看取ったのは、父だけだったことも知りました。

兄の容態急変で病院から呼び出しがあり、父、母、兄の奥さんの3人で病院に向かいました。

心拍数などが表示されている機械が取り付けられていて、3人も気持ちの受け入れながら、様子を見守っていたところ、

兄の荒かった呼吸が少し落ち着いてきたどのことで、朝も早かったことから母と奥さんはいったん兄の自宅に戻り、父だけが病室にいました。

奥さんもこのまま病院に泊まると決めたので、荷物も取りにもあって。

これからはもうわからないから…

 

母と奥さんが自宅に戻った瞬間に父から兄が亡くなったの連絡が入り、私にも連絡が入りました。

なので、兄の最期を看取ったのは父だけだったのです。

 

私はずっと3人で看取ったと思っていたのと、

兄の最期がどうだったのかの疑問も最近になって思うようになって。

 

実家に帰り、父と話をしました。

兄の最期はどうだったのか。

 

 

看護師さんに父が心拍数とか呼吸の数とかの機械の説明を受けていました。

その時、落ち着いていた呼吸がだんだん浅くなり、機械が示す心拍数が急に減ってきたので、

これって!と父が思った瞬間に、心拍数呼吸がゼロになりました。

看護師さんがお医者さんを呼びに行くまでもなく、すぐさま病室にお医者さんが来ました。

 

兄が亡くなった…

 

父は、え!?

 

 

表向きだけの「よくわかる」て

あまりにもムカついてきて、前職場の人にメールを送りました。

私がどうしてもそこにおられる気分ではないことも、そんなことは誰にも気づかれるわけがない。

 

私はわかるよ。本当に。

 

そういうあなたがよくわかっていない。

何でも言える仲ということに、私も安心しきっていた。

その何でも言えるが、ものにも限度があり、愚痴にしか彼女には思えなかったようで、愚痴を言わないで欲しいの要求に、

自分はあれこれ言ってくるのに、私は何も言えないんかよ!

 

結局何もわかっていなかった。

自分は友だちだからぁはもう存在しなかった。

私が聞きたくないことを何でも細かく説明してくるのかの意味がわからない。

 

また会いたいと言われても、断ったのです。

本当にわかってるのかの意味でメールで送ってあげた。

 

でも、返事はない。

そういうものです。

 

2度寝で夢を見るように

うつ病になってから、しばらく夢は見ていたけど、薬を処方されてから全く見なくなっていた。

 

眠剤を飲むと30分ぐらいで眠りつくということですが、私の場合は30分も経たないうちにフラフラとしてバタリと眠りにつく。

1度は夜中に目は覚めるけど、すぐに眠りにつく。

睡眠障害のわりにはよく寝られている。

でも、これも薬によるもの。

今夜は寝つきが相当悪いと思ったら薬の飲み忘れだったりするから、断薬するのも一進一退。

 

朝早く目が覚めて、仕事行くまでに時間があるともう少し寝ようというのはよくやっている。

今までは目を瞑ると軽く眠るだったけど、最近2度寝の時だけ夢を見るようになった。

それもわりとはっきり覚えている。

睡眠の質がよくないから夢を見るとか…かな。

 

ここで悩んでても仕方ないので、夢を見るについて調べてみることにした。

悩むこと自体がますますおかしくなるから、

寝ても疲れが取れてない時もあるし、また先生との相談になる。

 

本当になまけではありませんよ!

毎日毎日夜になると、病気の誤解を解こうとしていたフォロワーの気持ちはわからないわけではないが、それを同じ病気の人から共感を得られないのも変な話です。

 

生きにくさを伝えたいのだろうけど、それがかえってよくないように思いました。

あくまでも自分見解であるということ。

他の人もそうなのかの誤解を受けることにいら立ち感。

 

会社でいろいろあり、上手くいかず発症してしまったは、そうなんだと思う。

でもそこからの経緯は自分のことのみで、

憎しみやらどうこう思うのは勝手なんだけど、

退職に追われた~と言われても、どう反応していいのかこっちが戸惑う。

 

退職して家にいてると家族から嫌がられる。

どうして嫌がられるのですか?

病気でやむを得ず退職を選ぶしかなかったことにどうして責められるのですか?

 

社会が悪いやらツラツラ言うのはそれこそ自己のみの意見。

私は1度退職しているけど、悔しさがにじみ出ても、社会に恨みなんかない。

常にしんどいわけではないから、タチが悪いというやつ。

辞めなくてもよかったと思うことも何度も。

調子がいいからこそもう少し落ち着くことも必要なんだと思うようになりました。

 

病気を理解してもらえないは私は求めてない。

そんなのどうでもいいと思ってる。

疲れた時は普通にゆっくりするが結局そうなる。

 

怠けてんじゃねぇよ!

実際言われたことがない。

私の場合は病気を会社に打ち明けていないこともあるけど、言わないのはなぜ?と思うでしょう。

別に言う必要がないからです。

障害手帳を持ってるわけでもありません。

時々元気ではいられない時はある。

そういう時は休む連絡は入れる。

 

朝起きた時点で、何か無理…そう思うとなかなか気持ちの回復が遅い。

沈んだ状態で仕事してもうわの空みたいに身が入らない。

 

体調は大丈夫なのに思考的なものが本当にダメ。

 

気の持ちようだと思われるとしたら、

全然違う。無理と思っても仕事がイヤだ!と言ってるわけではない。

 

ここの理解でしょうね、「なまけ」て思われるのは。

だから社会がどうこうと毎日毎日こりずにTLして余計に反感買うのは、働きたいんだけど気持ちがどうしても前に向かない点を詳しく説明すべし。

普段大丈夫な電車でも閉鎖的がひどく感じて変な汗が出たりする。

あ~苦しい。無理したなぁの後悔。

そんなツラツラTLしている元気すらない。

 

そんなことをしてるから、Twitterやれるのに仕事できないんかよ!の誤解を招くんだよ。

しんどいならおとなしくするが無難なわけ。

 

しんどいから家でゆっくりしてるんだから、「なまけ」ではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

適応障害の診断に

うつ病睡眠障害を起こしたと同時に、

適応障害」も診断されています。

うつ病睡眠障害の診断はやっぱりと思っていたけど、適応障害は予想もしなかった。

 

初診での先生からのたくさんあるから質問に1つずつちゃんと答えたわけですが、

当然その中には適応障害に関する質問もあったんだろうけど、私にはその時はだるさから実のところ答えることだけでもいっぱいいっぱいでした。

 

適応障害の診断が下った時、あれ!?て思ったのを今でも覚えている。

どの質問が引っかかってしまったんだろうと何度も思い返してみた。

 

たぶんここかな…というざっくりですが。

会社の人たちとの関係は?

 

良好です。

ここまでは問題なしだったんだと思う。

私の次の答えが引っかかったのかもしれないなぁの疑念。

 

ただ人にはいつも気をつかう。

気をつかいすぎてしんどくなることも。

この答えだと思う。

 

元々人間関係的なものは苦手ではありました。

会社で働く上で、人とはできる限りもめたくないし、もめると後々面倒で働きづらくなる。

多少のことはがまんは必要かな…

でもそのがまんも当たり前なものだと思っていました。

会社での人間関係はいたって良好なわけで、本当のところがまんというのも常識の範囲内だと思う。

 

だとしたら、何で適応障害に?になるわけですが、性格が内向的になりそうなもの。

でも私は全然内向的ではなく、会社勤務してるほどだし、活動的なのである。

 

急にではないにしたら、どのあたりからそうなっていたのかも自覚がない。

何せ診断受けてびっくりしたので。

 

考えられるとしたら、やっぱり友だち。

何でも聞いて上げなくてはいけないということを自ら苦しめていただろうに、それがいいことだと信じていたから、暴言を吐かれて一気に崩れたことで、人に対しての気をつかうことが余計に増してしまったのは、もう二度と暴言吐かれたくないから、私がまたがまんすればいいがますます適応障害を加速させてしまったように思う。

 

今は治ってるのかどうかもわからない。

でも会社での働きやすさは以前と変わらない。

だとしたら…

2月に1人切ってすげぇ楽になったという友だちのTLを見て、

 

私はもう余計な心配はしなくて済んだ。

楽になったのは、むしろ私の方。

私からは友だちを切るということがなかなかできなかったので、省けたわ。

 

 

仲がよかったフォロワーについて(2)

少女の他にもう1人、私をいつも親身に心配してくれていた人がいました。

 

大人でTLの文面から、とても明るい方なのだと思いました。

なぜ私を気に入ってくれたのか聞いたところ、

同じように心を病みながら、日常の何気ない普通のことをTLして、前向きだから~

そう言ってくれました。

 

病んでるといっても、私は比較的軽症であり、普通に働いてもいる。

ただ疲労感が恐ろしいほどにやってくることもある。

そのことにとても心配してくれた。

 

彼女がいつものようにTLしているのに、なぜかわからないが、なんとなく様子が違うことに少し気になっていました。

さり気なくギャグを言って笑わせてくれてるのに、どこかが違和感。

私の思い過ごしならいいんだけど…の思いからリプライを送りました。

 

何かが違う。本当は体調よくないのでは。

 

すると彼女から、

なぜわかったの!今実はすごく体調よくない。

わかってくれてありがとう!

 

そんな返事が来ました。

それから彼女からも私からもちょくちょくリプライをしていました。

そんな中で彼女の正義感ていうやつでしょうね。

他のフォロワーが攻撃を受けてるのを彼女は見ていたのです。

彼女は黙っていられず、「意見させてください」

そう言って攻撃を受けていたフォロワーを助けてあげようとしていたら、

今度は彼女が延々とリプライを送り続けられる仕打ちにあってしまい、しまいには電話で話そうか?というDMが来たそうです。

 

さすがにそこまですることは彼女も遠慮していた。

結局は返り討ちのフォロワーとはフォローを外してブロックのやり合いで終わった。

とても大変なやり取りだったようで、相当疲れたことと思います。

 

私は彼女に少し不信を抱いたことがありました。

あるフォロワーのTLをいいねをした時でした。

DMで彼女から来ました。

 

その人は言葉はいいこと言ってるけど、本当は中身がない。

 

どういうこと?と思ったので何かあったのか聞いてみました。

 

今は手持ちのお金が無いので何か食べ物を送ってくれ!

生活保護費が入ったら返すから。

あるフォロワーからDMできたそうです。

私ならそういうネットでのつながりだけの正体がよくわからない人に食べ物をほしいと言える感覚もわからないし、

それを彼女は承諾して食べ物を送ったと聞いて。

 

こういうのだから相手しないように…の彼女の私への忠告のような。

私はネットだけの正体がよくわからない人に住所のやり取りもやらないし、もし食べ物を送ってくれと言われたら迷いなく断る。

 

でも中身がともなっていないと彼女は言っておきながら、

TLで〇〇さんがいないとさみしいわ~

な~んてリプライ送ってるから、

本心て何なのかはやっぱりわからないのもネットの世界だよな、そう実感したわけでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

仲がよかったフォロワーについて

私自身はこの人なら何でも言えるという現実世界では3人いてる。

3人とも現職の仲間で、偶然にもその中の1人が私と同じ名字(本名)なので驚きです。

 

同じようにTwitterでも同じユーザー名の女の子がいました。

そして、いつも心配のリプライをくれた正義感の強いお姉さん的な人、

他にも何人かいましたが、2人のことを述べようと思います。

 

Twitterを辞めて、あとは交流があるわけではないので、ぷっつりと切れてしまったのですが、2人に関してもう少しつながりがあってもよかったなぁ~の後悔はしています。

 

まずは1人から。2人目は次のブログで。

とても不思議な女の子…少女という言葉がしっくりくる。

少女から私のアカウントを見つけてフォローしてくれた(もう1人のフォロワーも同じように見つけてくれた)。

 

会社で仲のいい人と同じように同じユーザー名でした。

私は漢字表記で少女はカタカナ表記で、私の漢字表記が少女の本名だということでした。

私のユーザー名は本名でもなんでもありませんでした。

でも思いつきとかではなく、理由はありました。

そのことを少女に説明しました。

 

少女は私にすごく興味を示してくれて、少女ならではの持つ葛藤が、私にはすごく痛々しく共感を得ることがあり、私は社会人なので、少女の悩みをいくつか経験して大人になった経緯がある。

 

なんで大人はわかってくれないの?

 

普通ならそう思うだろうけど、少女はそういう反発心を持つより自身に対するコンプレックスのようなものを抱いていたわけです。

自撮りを見たことがないので、容姿はわからないのですが、

「自分は醜いんだ」悲観的なことを述べることもあったので、体格がよすぎるということのようです。

 

ちなみに私は容姿はいたって目立たないのですが、実はガリガリ激ヤセなので、うらやましいとよく言われるのですが、あまりにもガリガリすぎてそれはそれで夏バテがひどかったりするので、もう少し肉つきよくしたいのも悩みでもあります。

うらやましいとかのレベルではなく、倒れそうな時が。

薬の副作用で多少は肥えたりするのかの期待したけど、全然ダメでした。

 

おそらく少女とは体格的に逆のように思います。

普通ならますますコンプレックスを抱くものだと思うのですが、私の容姿との違いの観点より、私がTLする内容に自分にない大人の意見を知り得る…何か不思議さを感じたとのことでした。

 

私のTLはもちろん自身の病気のこととか、社会人している中でのいろいろな出来事など、少女にしてみると「そうなんだ」という思いで、これから大人になる不安があったらしく、怖いという思いも。

少女が私をフォローしてくる時点で、少女自身も病気を持っていることはわかった。

学校で倒れたりして早退して病院直行と。

容姿の悩みが強すぎて食べることの拒否があり、倒れることもしばしば。

 

とてもつらいんだと思った。

少女の考えをまるっきり変えることは少女自身の今までを否定することにもなりかねないと思いました。

実際少女のまわりの大人たちは責めたりしていたようです。

それは重いなぁと私は思います。

私は少女に

 

大人は子ども時代を経験している。

少女の頃のようなことを私も経験して大人になりました。

私は親が絶対的権力で刃向かうことはできないながらも、育ててもらってるありがたさがあるがゆえ反抗はしなかった。

しかし、大人になってやりたかったことを反対され続けて今に思えば、もう少し意見を言えばよかったの後悔はする。

私なら少女のように多感な時こそしっかり聞いてあげようと思う。

最初から否定で入るのではなく、やっぱり聞いてあげる、それから何かしらのアドバイスは大人の役目では。

 

少女の将来の夢を聞いたことがある。

私はやりたいことを反対されてやらないまま大人になってしまった後悔があるので、あきらめずにいて欲しい。

もしそれが大人によってダメだと否定をされたら、あきらめることの後悔の大きいことを主張することも大事であること。

 

親のいうことが正しかったとなった時、自分のあの時の選択は間違いだったという考えは持たないで、まずはやってみないとわからないものもある。

見た目だけでは本当にわからないもの。

少女が選んだことはたとえやっぱり違ったと思えたら、きっといろんなことに視野が広がって

きたことなんだろうね。

たくさんチャレンジして欲しい。

若いからこそできることはあきらめずに。

 

音楽を続けたいと言っていた。

ピアノかなと思ったらギター演奏でした。

 

4月から大学生になってるのかな。現役だったら。

私とのTLやり取りしていた時はまだどの学部に行くかは決めていないと言っていた。

 

もしどこかの大学に入学して、サークルでギター演奏をしているのかもしれない。

 

いつか少女が演奏しているところを、私もどこかで見ているかもしれないね。

そうやり取りをしていたら、少女は、

 

私も夢に向かってがんばれる!

 

そして、少女は、

 

私はまだ子どもだから、いざとなると大人に「守ってもらえる」こともできる。

でも、大人になるとそれができない。

 

確かにそうだと私は少女の大人になることのすべてを自分でやらなくてはいけなくなることの不安を知った時、何かしらのアドバイスというものはやはり少なからず必要であること。

 

大人で社会人している私でも3人の仲のいい人たちに助けられることは今でもある。

 

今の若者の思いというのを目の当たりにしたように思う。

これからの期待と先行きの不安。

少女のように「自分自身へのコンプレックス」はそんなことがないよ~という大人の意見はきっと身勝手に思えてきたのかもしれない。

 

大人になると、いろいろ見えてくるものもある。

それは少女だった時のことを振り返るのもそうだろう。

 

あの時は苦労したけど、今はよかったと思える…

 

少女がそう思えるのは、まだまだ先のこと。

その時は趣味でもあるギターを続けていてほしいと私は思う。