過去に1度だけ、現実逃避
「現実逃避」
前回のブログでも打ち明けました。
Twitterをしていた時は「死にたい」
そうTLしたことが1度もありませんでした。
病み垢の方のフォローをしていると、TLはその言葉が普通に流れてきたりする。
でも私はその人たちに同調ができなかった。
1度も「死にたい」と発するTLには「いいね」をしなかった。
苦しくて今を生きる見込みのない絶望感というやつなんだろう。
それはその人にしかわからない苦しみなのだからこそ、直に意見もできないしいいねもできない。
普段から死にたいを連発していたツイッタラーが私にはただのうるさいとしか思えず、
その人に直ではなく、エアリプでもない、普通に自分の思いをTLしたところ、私のTLを読んで不快に思ったのか、ツラツラと反論していた。
何言ってんだよコイツは!と思っていたら、自分のTLを削除した上に私のアカウントをブロックしてきました。
自身の見解はあくまでも自分の中でだけ通用するもの。
いつもいつも懲りずに「死にたい」やら「殺すぞ」やらこっちの方が不快極まりない。
自分が痩せていることを自慢だったのか、
痩せたいと言っているツイッタラーに対して、
「食中毒になれば、1発だわ」
そういうのがはびこるわけだからね。
それをひとくくりに「自身は病気持ちだから」と済まされると、
私はそんな暴言なんぞ吐かないし、一緒にされたくはない。
うつ病を患ってるからと、誰もが目にするTwitterで堂々配信なんかやろうとも思わない。
自分たちでイメージ的なものを下げてるにすぎない。
自虐ネタもだんだん痛々しく思えてきたのが元友だちでもあった。
私はできる限り前向きでいようと努力していた。
でもそれも順調とはいかない一進一退のような。
つらい…そうTLしながらも最後はいつも力強い文面のフォロワーと相互になって、自分なりの生き方を感じて、私は尊敬していました。
実際「死にたい」とはTLしなかったけど、思わなかったわけではない。
もしそれをTLしたところでどうにもならないし、結局実行もするわけではない。
一時的に思考がおかしくなってるから、その時こそネットから離れる努力をしていた。
私は1度だけ睡眠薬を大量に飲んだことがある。
私がどんなに手助けして味方でいてあげても報われなかった虚しさというか、何だったんだろう…
心にポカッと空いてしまいました。
その時目に飛び込んできたのが処方されてる睡眠薬だったのです。
1日中しっかり寝て、少しでもいいから、
今のこの状況から逃げたい…
目が覚めたら、もう一度気持ち新たにしたい…
それが希死念慮と言われてしまったら、
そうではないと言いきれない。
でも私は少なからず復活するんだの意思はありました。
だから、今生きているんだよ。
Twitterから離れて同調することの苦しさもない。
なんとか減薬する
朝いつまでも眠気が取れないので減薬してもらった。
といっても安定剤(デパス)を半減しただけで、眠剤はそのままの量。
しばらく眠剤のみだったけど、半年ぶりに安定剤も追加されてしまい、朝起きづらくなったらすぐにでも断薬したいとは思っていたけど、さすがに眠剤を減らすは無理でした。
安定剤だけでも減らしてしばらく依存に苦しむのかな。
倦怠を感じてしまったら、また元に戻る。
そういうことの繰り返しだけど、
もういいや!このままでって思ったことは本当のところ何回かある。
やっぱりしんどいし、治るんかなぁからの疑問は時々。
希死念慮というのは、今までたった1回だけありました。
処方してもらってる眠剤を大量に飲んで、
自殺未遂を起こしてしまった。
その時の自分の心境を思い出しても記憶があいまいで。
それだけつらく自然と封印してしまったのかもしれない。
ボーとして、立ち上がってもフラフラ~で、
もう2度とやらない!てだけは思っていた。
今回また安定剤の減薬したけど、依存がどうかと心配になる。
だからと減薬しないわけにもいかない。
依存よりいつまでも体内に残るのもだるい。
クーポン人間て言うのは…
ヤツが自身のことを「クーポン人間」て言っているのをネットで見て知りました。
どういうことをクーポンて言ってるんだろうと初めは思いました。
いろいろ得してる部分があるんですよ!
そう言いたいんだろうね。
まだ私と会っていた時、電車に乗る時、
ちょっとこっち来て!と言われたのが
券売機でした。
別に券売機で呼ばなくても、ICカードじゃないのかと思ったら、とても自慢げに切符を買っていた。
券売機にそういうのがあることを初めて知ったことでもありました。
精神手帳を持っている人は、券売機の「福祉」というの押すと、大人でも正規の半額で乗れる。
ただし、必ず駅員さんに手帳を見せてから。
精神手帳を見せるといろんなことに割引特典がついてくる。
私はメンタル患ってはいるけど普通に働いているので手帳は取得していない。
どこまで割引されるかは詳しくは知らない。
精神手帳が得するという意味なんだろうが
それを持ってる人を「クーポン人間」て言っている。
お得というより、なんかそこまで言うのも、他に手帳を持っている人はどう思うんだろうか。
そんなん持つよりずっと健康でいるのがいいに決まっている。
精神手帳を持ってる方が得してると誤った認識を持たれそうな自分勝手な。
手帳を持っている人にしたら、不愉快なのでは。
いら立ち感が襲う
ノドの奥がつかえて、くるしい。
どうした?私は。
手の感覚も変。
ちょっとヤバイかな。
以前だったら、わけもなく涙があふれ出て震えてきたりしたけど、そこまで起こっていないだけマシ。
やっぱり余計なことは本当に余計なことなんだよね。
ツラツラ綴っていたヤツ(もう友だちて言い方やめた)のTLがあまりにも被害者意識強い美談でお涙ちょうだい感がわんさか。
あ~余計なことを思い出してしまうのは、
まだまだ治ってないんだよ。
くぅ~イラッと感がやって来た。
安定剤なんて、飲みたくないんだよな。
眠剤なんて、飲みたくないんだよな。
病院なんて、行きたくないんだよな。
でも、普通ではないんだよな。
イラッと来てる時点でアウトだわ。
なんでこうも前に行こうとしているのに、
ダメなんだろう。
これぐらいで怒るとは思わなかった。
そう言われたことを思い出しても、あれは笑いにはならんし、
バカにされてる。
普段からこんなことを思ってたんでしょ
そう問い詰めても、思っていない、
そう必ず否定していた。
私はそんなの信じちゃいない。
ダメだ。完全にトラウマよみがえる。
また安定剤にお世話になるのか。
健常だった私に戻してから、
TLで美談ツラツラ述べるべきだ。
発車間際に乗ってくる人を傘で阻止できるから
そんなアホTLしてるヤツの自分は被害者意識の美談なんて干されるんだよ。
やっぱり安定剤にお世話になります。
今夜はかなり変です。
過剰に飲むことはやらないので大丈夫です。
処方どおりに。
いつもと変わりなく
兄が亡くなったあとは、私はまたいつものように普通にするのがだけど、
やっぱりいつまでもうつ病でいるのも、うんざりしてくる。
穏やかに過ごすとか好きなことをするとか性格を変えるとか、どれも急にはって感じで。
穏やかに過ごすくらいは仕事休みにゴロゴロしてるからクリアできるかな。
私がいつだったかTwitterで寛解報告したところ、それを見ていた友だちから
寛解と聞いて安心した。
自分のように4年も通院してほしくないですからね。
はたから見たら友だちに気づかわれてるように思うけど、うつ病の原因はそもそもこの友だちなので、何言ってんだよ!としか思えない。
まず寛解と聞いて安心したってなんだよ。
そこは謝るべきだろうに。
あくまでも自分が原因とは言いきれてない。
だから余計に苛立つしかなかった当時。
こういう時は仕事中でも思い出してしまい、頭の中が混乱してくるので、天を仰いで少し目を閉じて外部からの刺激を一時でも抑えている。
兄が亡くなった悲しみでもっと落ち込むのかなて思ったけど、父の怒鳴り散らしがいっぺんに吹っ飛んだわ。
私は何にも変わることはなく、普段どおりで行くことが1番なんだと思う。
うつ病だから何かやって気を紛らわすは、
なんとなく自分で追い詰めてるような。
焦りは禁物ってやつですよ。
葬式に行かなかったけれど
日曜日兄の葬式に行かなかったことの申しわけない気持ちは兄の奥さんにある。
本当は義理の妹として、こういう場を支えるべきなんだろうけど、それを放棄してしまった。
やっぱり父に怒鳴られたことの方が相当メンタルやられてる。
今まで寛解していたのに、これで再発してたら笑いにもならない。
もし葬式で顔を合わせていたら、息苦しさを感じて倒れそうだったかも。
今週は診察の日がある。
胸につかえるものがなかなか取れない。
変な圧迫感がある。
また安定剤が増えるのはねぇ。
もう断薬したいところだけど、そう思えることはやっぱりよくなりたいってこと。
兄も闘病生活苦しんだと思う。
失明で足を踏み外し、階段から落ちて1週間後に亡くなったけど、それが原因とも言えないらしいが。
兄の最期を見なかったことに悔やむんだろうか…これから。
もし父がもっと冷静で怒鳴られなければ、棺桶の中で眠る兄の顔を見られたのに。
今日は兄の葬式ですが…
気持ちの回復が遅れ、私は新幹線に乗って行くことができませんでした。
10時30分からですが、遠いので今から家を出ても間に合わない。
もう少し冷静で父もいてくれたら。
私がどういう段取りかの説明の前に怒鳴り散らすから、あれは本当に恐怖でしかない。
たった2人の兄妹の兄がなくなり、妹が葬式に来ないって最悪だと思う。
それは十分承知でいるけど、行かなきゃ!と思うより父に会うのが怖くてどうしても体が前に行けないんだからどうしようもない。
昨日は「明日は来てくれ!」の説得の電話はなく、今日もありませんでした。
一生後悔する、そう私には言ってたけど、
それは父自身の言葉だと私は受け止めている。怒鳴られてまた気持ちが病んでしまった私をどうしてくれるんだ!
私はまだまだ働かなくてはいけない。
兄を失って悲しみはもちろんある。
でも残された者はいつまでも悲しみに暮れるわけにも行かず、いつものように生活がある。
それを怒鳴られて、あとから、すまんかった
そう言われても、あっさり切り替えができない。
仕事に支障をきたさないかどうかはまだわからない。
葬式に行かなかったことは、申しわけないと思う。
もし、行っていたら、また何かの拍子で怒鳴られるのではないのか恐怖の方が強すぎた。